日越翻訳では、文章ごとの誤訳だけでなく、同じ用語に異なるベトナム語が使われることが、文書全体の分かりにくさにつながります。
製品名、工程名、設備名、部署名、役職名、品質用語などは、会社ごとに意味や使い方が決まっている場合があります。一般的な辞書として正しい訳語でも、社内で使われている表記と異なれば、別の製品や工程、役割を指す言葉として受け取られる可能性があります。
私は日越翻訳・校閲に加え、ベトナムで約10年、現地法人の経営や製造現場の管理に携わってきました。その中で、翻訳文ごとに訳語が変わり、過去資料との照合や現場への説明に余計な時間がかかる場面を見てきました。
この記事では、日本語とベトナム語を並べるだけの対訳表ではなく、実務で継続運用できる用語集の作り方を整理します。
日越翻訳で用語集が必要になる理由
翻訳者が原文だけを見て訳語を選ぶ場合、同じ日本語でも文脈や資料によって異なるベトナム語が使われることがあります。
たとえば、「確認」という日本語には、実務上、次のような異なる行為が含まれます。
- 内容を読む
- 状態を点検する
- 数値を照合する
- 実施結果を承認する
- 品質部門が合否を判定する
これらをすべて同じベトナム語で表すと、誰が何をすべきか、どこまで実施すれば完了なのかが曖昧になります。
用語集を作る目的は、単に訳語を統一することではありません。製品、工程、役割、判断行為を、社内の関係者と翻訳者が同じ意味で扱えるようにすることです。
日本語とベトナム語の2列だけでは足りない
最初の用語集として、日本語とベトナム語を並べた2列の表を作る方法があります。
| 日本語 | ベトナム語 |
|---|---|
| 外観検査 | Kiểm tra ngoại quan |
| 曲げ加工 | Công đoạn chấn |
| 工程長 | Trưởng công đoạn |
この形式でも、何もない状態よりは訳語を統一しやすくなります。
しかし、実際の運用では次の問題が残ります。
- 略称や旧称が書かれていない
- 別の訳語を使ってはいけない理由が分からない
- 同じ言葉が指す範囲を確認できない
- どの資料で使用する用語か分からない
- 誰が訳語を承認したか分からない
- 変更後も古い訳語が残る
継続して使用する用語集には、採用する訳語だけでなく、定義、非推奨表記、根拠、承認状態、更新履歴まで持たせる必要があります。
実務用の日越用語集に入れたい項目
用語集の項目は、文書の種類や会社の規模に合わせて調整します。基本形として、次の項目があると運用しやすくなります。
| 項目 | 管理する内容 |
|---|---|
| 管理番号 | 各用語を一意に識別する番号 |
| 分類 | 製品名、工程名、設備名、部署名、役職名、品質用語など |
| 日本語正式表記 | 社内文書で正本とする日本語 |
| 日本語別表記 | 略称、旧称、現場での呼び方 |
| ベトナム語採用表記 | 翻訳で使用する正規のベトナム語 |
| 非推奨表記 | 使用しない過去訳、誤訳、混同しやすい表記 |
| 定義・意味 | その会社や工程で何を指すか |
| 使用場面 | 図面、手順書、品質資料、社内通知など |
| 使用例 | 実際の文章内での使い方 |
| 注意事項 | 類似語との違い、訳し分け、例外 |
| 根拠資料 | 図面、仕様書、組織図、承認済み文書など |
| 確認者・承認者 | 訳語や定義を確認した担当者 |
| 更新日 | 最後に内容を変更した日 |
| ステータス | 未確認、確認中、承認済み、廃止など |
すべての項目を最初から埋める必要はありません。まずは、日本語正式表記、ベトナム語採用表記、定義、確認者、ステータスを優先します。
用語集の記入例
以下は、製造業での考え方を示すために作成した説明用の例です。実際の訳語は、各社の工程、設備、組織、既存資料に合わせて確認する必要があります。
| 分類 | 日本語正式表記 | ベトナム語採用表記 | 非推奨表記 | 定義・注意 |
|---|---|---|---|---|
| 品質 | 外観検査 | Kiểm tra ngoại quan | Kiểm tra bên ngoài | 傷、汚れ、変形などを主に目視で確認する検査 |
| 工程 | 曲げ加工 | Gia công chấn | Uốn | プレスブレーキ等による板金の曲げ加工。一般的な「曲げる」と区別する |
| 役職 | 工程長 | Trưởng công đoạn | Tổ trưởng | 工程全体を管理する役職。班長と同一かは組織ごとに確認する |
| 品質 | 特別採用 | Chấp nhận có điều kiện | Chấp nhận đặc biệt | 規格外品を、権限者の承認により条件付きで使用する処置 |
同じ日本語でも、企業によって役割や範囲が異なります。たとえば「工程長」と「班長」を同じ役職として扱う会社もあれば、明確に区別する会社もあります。
そのため、一般的な訳語だけで確定せず、組織図、職務権限、既存文書を確認して採用表記を決めます。
最初に登録する用語の優先順位
既存資料に多くの用語がある場合、すべてを一度に登録しようとすると作業が止まります。
まずは、誤訳や表記の違いによる影響が大きい用語から登録します。
- 製品名、型式、部品名
- 工程名、設備名、作業名
- 部署名、役職名、承認者名
- 検査、確認、承認、判定などの行為を表す用語
- 不良、異常、手直し、再加工、廃棄などの品質用語
- 安全、停止、禁止、報告に関する用語
- 顧客や取引先が指定している表記
- 過去資料で複数の訳語が使われている用語
特に、担当者、承認者、報告先、合否判断に関係する用語は、表記の違いが責任範囲の食い違いにつながるため、優先して整理します。
過去の訳語が食い違っている場合の決め方
用語集を作り始めると、過去資料で複数のベトナム語訳が使われていることがあります。
この場合、使用回数が多い訳語をそのまま採用するのではなく、優先する根拠を確認します。
- 顧客指定の表記を確認する
契約、仕様書、図面などで指定されている表記があれば優先します。 - 最新の承認済み資料を確認する
旧資料より、現在使用している正式文書を優先します。 - 社内の役割と定義を確認する
同じ日本語でも、実際に何を指しているかを担当部署へ確認します。 - ベトナム語としての分かりやすさを確認する
直訳ではなく、現場で誤解なく使える表記かを確認します。 - 採用しない表記も記録する
旧訳や類似語を非推奨表記として残し、再使用を防ぎます。
採用語だけを残して旧訳を削除すると、過去文書との照合時に、なぜ表記が違うのか分からなくなります。
旧訳を非推奨表記として残し、変更理由や優先する根拠も記録しておくと、後から別の担当者が判断をやり直す手間を減らせます。
用語を誰が承認するか決める
翻訳者だけでは、社内用語の正しい意味や役割を確定できない場合があります。
たとえば、品質用語であれば品質部門、工程名であれば製造部門、役職名であれば人事・総務部門など、内容を理解している部署の確認が必要です。
用語の種類に応じて、次のように役割を分けます。
| 役割 | 担当内容 |
|---|---|
| 登録者 | 新しい用語、候補訳、使用資料を登録する |
| 翻訳確認者 | 日本語とベトナム語の意味・表現を確認する |
| 業務確認者 | 工程、品質、組織上の意味が正しいか確認する |
| 承認者 | 社内で使用する正式表記として確定する |
| 管理者 | 更新、廃止、重複整理、版管理を行う |
小規模な会社では、一人が複数の役割を兼ねても構いません。ただし、「誰が決めたか分からない状態」は避けます。
翻訳依頼時の使い方
用語集は社内で保管するだけでなく、翻訳依頼時に原稿と一緒に共有します。
共有時には、次の点を明確にします。
- 承認済みの用語だけを必須指定とするのか
- 未確認の用語は翻訳者から質問してもらうのか
- 用語集と過去訳が異なる場合、どちらを優先するか
- 新しい用語が出た場合、誰へ確認するか
- 翻訳者が新しい候補訳を追記してよいか
翻訳依頼時に共有する情報全体については、「ベトナム語翻訳を依頼する前に整理しておきたい5つのこと」でも整理しています。
納品後に用語集を更新する
用語集は、一度作って完成するものではありません。
新製品、新工程、組織変更、顧客指定、設備更新などによって、使用する用語は変わります。
翻訳案件が完了した際は、少なくとも次の内容を確認します。
- 新しく追加された用語があるか
- 既存の採用表記を変更したか
- 使用しなくなった用語があるか
- 非推奨表記として残すべき旧訳があるか
- 確認者・承認者を記録したか
- 更新日と変更理由を残したか
翻訳のたびに新しいExcelファイルを作ると、どれが最新版か分からなくなります。
用語集の正本を一つ決め、翻訳者や各部署が参照する場所を統一することが重要です。
Excelで運用する際の注意点
初期の用語集は、Excelでも十分に運用できます。
ただし、ファイルを作るだけではなく、更新ルールを決めます。
- 正本ファイルの保存場所を一つにする
- 管理番号を重複させない
- 分類、ステータス、承認者は入力規則で選択式にする
- 承認済みと未確認の用語を見分けられるようにする
- 更新履歴を別シートに残す
- 翻訳案件ごとのコピーを正本として扱わない
- 編集権限を持つ人を限定する
用語数が増え、複数部署や複数拠点で同時に更新するようになった場合は、Excel以外のデータベースや用語管理システムも検討します。
まとめ:訳語だけでなく、意味と承認状態を管理する
日越翻訳の用語集は、日本語とベトナム語を並べるだけの対訳表ではありません。
実務で継続使用するには、正式表記、別表記、非推奨表記、定義、使用場面、根拠資料、確認者、承認状態、更新履歴まで管理する必要があります。
特に、製品名、工程名、役職名、品質用語、判断や承認に関係する用語は、意味の違いが作業内容や責任範囲の食い違いにつながります。
最初から完璧な用語集を作る必要はありません。影響の大きい用語、過去資料で表記が分かれている用語、翻訳のたびに確認が発生する用語から登録し、案件ごとに更新します。
日本語原稿自体の用語や表現を整理する方法は、「翻訳前に原稿を整理すると、ベトナム語文書は伝わりやすくなる」で詳しく紹介しています。
JV Worksでは、文書の目的、読み手、使用場面、既存資料、指定用語を確認したうえで、日越翻訳、日越校閲、AI翻訳チェックに対応します。
既存の用語集がない場合は、過去の翻訳、作業標準書、製品資料、組織図などから用語候補を抽出し、日本語正式表記、ベトナム語採用表記、非推奨表記、定義、確認状態を整理した日越用語集の作成・整備についてもご相談いただけます。
社内資料ごとにベトナム語の表記が異なる、過去訳のどれを正本にすべきか分からない、用語集の項目や運用方法を整理できていないという場合は、現在の資料と使用状況を添えてご相談ください。
日越翻訳・校閲のご相談
ベトナム人材向けの社内文書、作業手順書、品質資料、教育資料などで、
「この表現で正しく伝わるか不安」という場合はご相談ください。
JV Worksでは、文書の目的、読み手、使用場面を踏まえて、
日本語・ベトナム語の翻訳、校閲、AI翻訳チェックに対応しています。
